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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和29年(う)604号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

押収に係る別紙目録掲記の物件はこれを各被害者に還付する。

理由

弁護人岩切道男の控訴趣意は同弁護人提出の控訴趣意書に記載したとおりである。

(一)控訴趣意に対する判断

被告人の経歴、性行、本件犯行の回数、態様、その他諸般の事情を綜合して考えると所論の情状を斟酌しても、原判決の言渡した重刑の量定に不当ありとはいえない。論旨は理由がない。

(二)職権による調査

(イ)原判決は判示別表4、5、7、9の各自転車について、被告人が本件窃盗の犯行によつて得た賍物で所有者不明であるから犯人以外の者に属しないものと認め、刑法第一九条第一項第三号第二項によりこれを沒収すべきものであるとして、沒収の言渡をなしている。これは従来における同趣旨の判例(大正四年五月二二日大審院判決、録第二一輯六五一頁、大正七年六月二八日大審院判決、録二四輯八八二頁、昭和二五年二月二二日名古屋高等裁判所判決、旧特報第四号六七頁参照)を踏襲したものと思われるのであるが、所有者不明の賍物を果して刑法第一九条の規定によつて沒収し得るか否かについて改めて省察をするところである。しばらく問題を右のとおり限定して考究すると、元来刑法第一九条による沒収の対象となる物は、同条第一項各号に該当する物件で、犯人以外の者に属しないことをするものを原則とするのであるが、このことは沒収が附加刑たる性質を有することから生ずる当然の帰結である。しかして、右にいわゆる「犯人以外の者に属しない物」というのは犯人に属する物の外、何人の所有をも許さない物をも包含すると解せられているのである。これはこれらの物を沒収することによつて犯人以外のものの正当な権利を侵害するものでないばかりでなく、犯人の犯行と密接な関係を有する物であるから、これを沒収することによつて、通常犯人の事実上の利益を奪う結果となり、附加刑の目的を達し得るからに外ならない。ところで、所有者不明の賍物を右にいわゆる犯人以外の者に属しない者といい得るであろうか、思うにその解答は消極でなければならない。蓋しここに所有者が不明であるというのは、所有者の何人であるかが判決言渡当時においては判明しないというだけで、その者は客観的には存在していて、しかも未だ所有者としての権利を喪つてはいないからである。従つて、右賍物は犯人以外の者に属しないどころか所有権抛棄等権利消滅の事情の認められない限り、犯人以外の者に属することが明らかであつて、判決言渡後において具体的に判明し得る可能性さえあるのである。さればかような賍物は刑法第一九条の規定によつて沒収すべきではなく、その賍物が押収に係る場合は刑事訴訟法第三四七条第一項の規定に従つてこれを被害者に還付する言渡をなすべきで、さればこそ、刑事訴訟法第四九九条はこの場合に対処する規定を設けているのである。尤も、同条第一項には、「押収物の還付を受けるべき者の所在が判らないため、又はその他の事由によつて、その物を還付することができない場合には云々」と視定してあつて、還付を受けるべき者の所在が判らない場合の外、還付を受けるべき者の何人であるかが判らない場合はこれを包含しないかの如くであるが押収物を可及的に被害者に還付して、その財産権を保護するという右規定の趣旨からいえば両者を区別する理由はないのであつて、このことは右条項の規定に基く昭和二八年政令第三四二号押収物還付公告令第三条第二項に「検察官は必があるときは、押収の場所及び年月日並びに押収物の特徴をも公告することができる。」と規定していることからも窺い知られるところである。これを要するに所有者不明の賍物は、所有権の抛棄等権利消滅の事情の認められない限り、なおその氏名不詳者即ち犯人以外の者に属するものとして、刑法第一九条によつてこれを沒収し得べきものではなく、その賍物が押収に係るときは刑事訴訟法第三四七条第一項に従いこれを被害者に還付する言渡をなすべきであり、この場合被害者の何人であるかを判示する必要のないことは勿論である。原判決はこの点に関する法令の解釈を誤り、本来被害者に還付すべき物件について沒収の言渡をなしたもので、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるからこれを破棄しなければならない。

(ロ)原判決は、判示別表1乃至12のとおり一二回に亘る窃盗の事実を認定しているのであるが、その中別表1の犯行は原判決前科の刑期終了前仮出獄中に敢行されたものであるに拘らず、これに対し累犯加重していないのでこの点違法というの外ないけれども、併合罪の加重は右前科と累犯の関係に立つ別表12の窃盗罪の刑に対してなしてあつて、その量刑の相当なことは前段(一)説示のとおりであるから、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかなものではなく、これを以て破棄の理とはしない。よつて、前叙(二)(イ)の理由により刑事訴訟法第三九七条第三八〇条に従い原判決を破棄し、同法第四〇〇条但し書に則り被告事件について改めて判決をする。

当審で認めた罪となるべき事実及び証拠は原判決におけると同一であるから、これを引用する。

なお、被告人は昭和二八年六月一五日宮崎簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月に処せられ、右判決は同月三〇日確定し、昭和二九年八月四日右刑の執行を受け終つたもので、このことは被告人に対する前科調書の記載によつて明らかである。被告人の原判示各所為はいずれも刑法第二三五条に該当するが、被告人には前示前科があるので、原判示別表2乃至12の罪について同法第五六条第一項第五七条により累犯加重をなし、以上はすべて同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文第一〇条を適用して犯情の最も重い右別表12の罪の刑に同法第一四条の制限の下に法定の加重をなし、その刑期範囲内で被告人が順次右別表4、5、7、9の各犯行によつて得た賍物で被害者に還付すべき理由が明白であるから刑事訴訟法第三四七条第一項に従いこれを各被害者に還付する言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。

原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但し書に則りその負担を命じない。

(裁判長裁判官 山下辰夫 裁判官 二見虎雄 長友文士)

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